2006年08月25日

坂東眞砂子:仔猫殺し について

一昨日辺りにこのコラムの話を知って、一通り激怒した後から考えたんだけども、昔から誤って生ませてしまった仔猫や子犬などを捨てに行く行為というのは多くあったと思う。公園でよく見かけたし。<ダンボール入りの仔猫 実家でメシを食ってる時、親父にこの話をしたら死んでしまうのを承知で川に流したりしてるのも見たし、そうするのが割と多かったんじゃないか?なんて事も聞いたし。(もう知ってたのは驚いたけど。<テレビのニュースでやってたっぽい。)

拾って貰えるようにと望みながら死んでしまうかもしれないとも思いつつ、人は持て余してしまったペットを捨ててきたんだと思う。
でもそれを思い出したり、ちょっと友人間などでそういう話題が上った時には、その事実はやっぱり後ろめたい事であって、悪い事をした、可哀相な事をしたと考えて、軽くも重くも罪悪感を持ちつづけるんだろうと思う。そうするのが当然、何が悪いと居直ったりする人はそんなに居ないんじゃないだろうか。

今回のこのコラムは夕刊とはいえ、全国紙に掲載されるもの、稿料が発生し、無論読む為には料を払って読むものだ。

それが判っていて、堂々と自分の自慰ネタを出してくる作家そのものの考えが判らない、んだよね。書く事で掲載紙に迷惑が掛かるかも知れない事を金貰って書く、批判は持ち上がるだろうと前打って書き連ねるってその意識がわからないんだわ。読者を舐めてるんだろうか。自分で管理できない、管理する責任を持てないから、小さな生まれてしまった仔猫の命を簡単に奪える人間だからこそ、出来る芸当なんだろうか。自分の言葉全てに価値があると勘違いしてしまった哀れな人間にしか思えない、そんな思いに行き着いた。




もう一つ。
この件が有名になって、あちこちで論議を醸してると思う。
そこで絶対出てくる意見は、

他の家畜、特に食べる為に育てられている種や、食べる為に獲られて売られる魚はどうなんだ。
避妊・去勢手術するのだって動物にとっては酷い話じゃないか。
そもそもペットなんか飼うから悪いんだ、人間の驕りだ。

とかとか。

幾ら論議に枝流は有るとしたって、一つ、愛玩動物と食用家畜を同じラインで論じたってそもそも存在意義に違いがあるんだから話したって仕方ないの無い話だろ、と。人間が食うために他の生物を殺してるっていうなら、食う時に精々謝ってありがたく食ってりゃいいと思うのな。それにその家畜を増やして育てて売ってる人の腹次第じゃないか、それが責任の在り処ってもんじゃないか?ペットに関してはその動物を育ててる人に責任が在るんじゃないか?

一つ、避妊・去勢手術も確かにそれをされる個体にとっちゃ迷惑な話だけれど、その個体を管理しなくちゃならない飼い主にとっては必ず択ばなくちゃいけない問題だ。

俺に餌を貰って糞の始末をして貰ってるうちの猫は去勢はしていない。完全な家猫だから、年を取ってしまった今は判らないが若い内は性欲を持て余した事もあったかもしれない。それは確かに可哀相な面もある、しかし体の仕組みに人の手を入れて健康を損なうよりはマシだと俺は考えて、それを択んだ。

自由に外出する猫の場合、もっと問題は深刻だ。どこで生殖可能なメス猫に逢うかしれない。そこで自由に交尾して孕まれたりしたら、生殖可能なオス猫を放置した責任を負わなければならない。一個体を管理する責任しか持てないんだったら、生まれてくる仔猫の責任は持てないんだったら、産ませられる機能を持ったオス猫を放置するのは間違いだ。<勿論メス猫にしても同じ事が言える。
そういう責任が持てないんだったら、親になりうる個体に手を入れなくちゃいけないのは必要最低限な処理なんじゃないかと思う。生まれた子の命を一つ一つを処分するよりは。数の原理で申し訳無いが。

一つ、ペットを飼うのはヒトの驕りだ、って意見。これは本末転倒。飼わなければ問題は起こらないというのは逃げでしかない。飼っていなければ、問題全てに関与する必要が無いと言い切っているだけだ。


ペットを飼うという事はその個体の最後までの一切を管理する事だと思う。そのペットの生活の全てを請け負う事だと思う。自分のペットがなした子も飼い主は責任を持つ。責任をもつという事は不要な命を捨て去るという事じゃあない、生をまっとうしてその生活を保障する事だ。いらないから殺す、は責任の放棄でしかない。前時代の、飼い主自身の生活がおぼつかない中で生まれる子供の間引きよりも酷い。

出来ないなら、親猫ともども一切生物を飼うな、その命を翻弄するな。
そこまでの権利は人間には無い。
posted by 加賀 at 13:59 | Comment(3) | TrackBack(1) | まじめなこと。

2006年08月17日

ほっといてくれ。

この時期になると日本中が戦争って話題で一色になる訳だけども。

小泉さんの靖国神社参拝についてもマスコミが大賑わいで、あんまりしつこいのでその話題になるとさっさとチャンネルを変えたりして忙しい。ネットでも多くこの話題を取り上げてる人が多いと思う。ひとつふたつと覗いてみたけれども、まあ、特に変わり映えのしない内容ではある。語っても語ってもキリが無い。

只ひとつ、最近妙に気になるのは、誰かが思ったことを書いただけのことでしかないブログやHPで、それに反した意見の奴らがまるでピラニアの様にそれに食いついて炎上するようなパターン。

無論、その記事が反社会的であったりする場合は仕方が無いことだと思っている。とある在日である事を隠して会計士(だったと思うが)をしてる男の仮面の下を赤裸々に綴ったブログなんかは、あれはネタ振りにしてもマジネタにしても非難されて然るべきというか、さあ、してくれ、と云わんばかりの状態ではあったんだが。このパターンの典型で、然程時間も掛からないうちに閉鎖と相成った。

靖国参拝を筆頭に、戦争を語る上でどうしても右寄り左寄りはあって、其々どこが悪いとどちらにも位置付けが利かない。位置付けが利かないことはどちらの意見もあって然るべきなのだ。それなのに昨今の流れでは、自分と違う事を書いている・考えているというだけで攻撃の目標に仕立て上げてしまう。

亀田の八百長?事件でも、亀田にエールを送っただけであっという間に炎上してしまったブログがあった。ブログの主の女性はちょっとした有名人だったが、個人の意見としては全く問題が無い筈である。

俺は自分の非を棚に挙げて相手ばかりを攻撃する行為そのものは大嫌いだ。だから、自分で調べられるだけのソースを掲げて客観的に考えた上で冷静に抗議をするのなら中国や韓国の日本に謝罪を求めようって姿勢は頷けると思う。でも国旗を燃やしたり、大声を出して泣き叫んだり、理性を捨てて自分が経験していない過去をその過去をなしたであろう相手国の子孫に対してぶつける、今の状態が続くならとても認める気になれないし、謝罪をしようとも思えない。
歴史の突合せをするにしても、あの感情の露出を考えると身の危険すら感じるじゃないか。

話を戻すが、俺はどちらかといえば幾分、中国韓国が五月蝿いんで小泉さんには靖国神社には行って欲しくなかったクチ。やっぱり最後だから終戦記念日に行くんだろうな、とは勿論思ってて大してショックではなかったけど。
靖国に行かなければ中国韓国が大人しくなる訳じゃないのは判るが向こうの譲歩を引き出す事は出来る、カードとしてはそう悪い事じゃない。ひとつ云う事を聞いてやったんだという駒にはなる。次の要求はなんだと、舞台に上げる事も出来る。その後の項目は全て国際裁判でカタをつけようという意見も出す事が出来る。ただ、それを政府や外務省がやるかというと又別問題なんだが。

大事なのは俺の意見じゃない。
大事なのは、俺がどう思おうとこれが正しくないという保証は何処にも無いって事だ。そういう考え方がいけない、とは誰にも言われる覚えは無い。

今の、特にネットの攻撃性は見るに見かねる。
他の人と意見が違う事がそんなに恐ろしいのか?そんなに許せないのか?
俺は単に戦争が大嫌いだ。
人の殺し合いに何か意味を持たせられるなんて嘘だ。
御互いに善良な人間同士がどうして犯罪を積み重ねなくちゃいけないんだ。

自分と意見が違うからといって、政治家の家に火をつけて割腹自殺する事に何の意味があるんだ?相手の意見を叩き伏せることに何の意義があるんだ?

戦争の前に起きる良くある風潮だと思う。
戦争前や戦争中に反戦を口にして私刑に遭う、なんて空気を感じる。
大声を出して主流の考え方だからと信じて、のべつ幕無しに違う意見を掻き乱すなんて野蛮な行為だ。それはもう話し合いや論争とは次元が違う。一次元の正当性なんて脆い。違う意見にもそれなりに考え方を学ぶ必要性がある。

たまに右寄りの人の口から戦争になっても構わないような意見が出る事があるが、それに対しては俺はゴメンだと云いたい。核もゴメンだ。俺がそういう目に遭いたくないからってのも勿論有るが、世界中の誰をも理不尽に無為に命が損なわれるような事はいやだ。回避したい。

これは誰にも譲れない俺の意見だ。
だから俺にこれに対して誰の意見も聞くつもりは無い。
でも誰がどう考えようとそいつに文句もつけるつもりは無い。

ほっといてくれ。
posted by 加賀 at 03:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2006年05月09日

いじめと刑罰のバランス:山形一家3人殺傷事件

「幼少期いじめ恨む」長男殺そうと襲撃…山形3人殺傷

 山形県飯豊(いいで)町のカメラ店経営伊藤信吉さん(60)と長男覚さん(27)が殺害され、妻秀子さん(54)が重傷を負った事件で、殺人容疑で逮捕された東隣に住む会社員伊藤嘉信(ひろのぶ)容疑者(24)が、県警捜査本部の調べに対し、「幼いころに(覚さんから)繰り返しいじめを受け、恨みに思っていた」と供述していることが8日、わかった。

 捜査本部は、嘉信容疑者が長年募らせた覚さんへの恨みが犯行のきっかけになった可能性もあるとみて、本格的な取り調べを始め、動機の解明を進める。

 嘉信容疑者は調べに対し、覚さんを殺そうとして一家を襲ったことを示唆しているという。7日午前3時40分ごろに信吉さん方に押し入ったが、6日午後11時ごろまで自宅にいたのを家族が確認していたこともわかった。6日夜は変わった様子もなく、家族と夕飯を食べていたという。
(読売新聞) - 5月8日17時29分更新


また暗いニュースのネタですいません。

こういう苛めを苦に、というかソレがベースになって生まれる事件ってのを見る度に暗い気持ちになるほかに、どうしてこうなるんだろうって考える。
小さい頃、今以上に気が小さかったせいかなのか、ひとりだけ特殊学級にいたヤツにタゲられてた頃があった。

その頃は転校してきたばかりで、毎日々々学校に行っては頭が弱めのソイツの顔を見ると気が臥せって仕方なかったなぁ。けど俺をタゲってるのはソイツだけだったし、他にもちゃんと友達が出来てたし、クラスメートも普通に接してくれてたし、あれがイジメだったかどうかは今になると微妙(笑) ただベタベタに仲が良いみたいな友達は2、3人で、もともと広く多く人気を博すみたいなタイプじゃないから、他のヤツらとはその程度の仲で、挨拶程度の只の知り合いな関係。(<クラスメートとか、周りに住んでる子供とかね) それ以前にどうでも良いヤツには昔から冷たいから仕方無いかもしれんがw<俺。

あんまりつるむとかそういうノリが苦手なのは昔から、今もそう、ではある。

って、何か脱線してるな。

この事件を知ってから、久し振りに2chを検索してそのあたりのスレを斜め読みしてみたら、去年のスレなんだけどスレタイは極論な癖に妙に建設的な議論に行き着いて、それを妙に熱心に読んでいる。<まだ途中。


いじめっ子は殺してもいいよ


いじめをなくそう、とかそういうスローガンでは良く議論されてるんだろうが、罰を抑止力にしていじめる子の意識を変えようってスタイルを考えるスレ、な気がする。<多分。

結局凶悪事件がどんどん酷くなる昨今、刑罰を重くしよう、それを厭がって事件を起こすポイントのアベレージ自体の基準を高くしようって事を同じスタンスなんだろうけどね。俺は案外この厳罰論は好きだったりする。

しなけりゃいいんだ、しなけりゃ。って事で。

日本人だけじゃないかもしれないけど、この頃の日本人ってバレなければいいや、注意されなければいいや、って考えで、何も言われなければ悪いことでも自分勝手に堂々とする気風があると思うのね。

万引きだってさ、バレたら万引き先に罰金として一年間毎月100万払わなくちゃいけないとしたら、そのリスク犯してまでたった410円のコミックを盗もうなんて思わないと思うの、暴論過ぎて笑っちゃうけど。

また脱線した。まあ、苛める側の心理からすると、苛めてやろうと思う相手って2パターンあると思う。

一つは「容姿(見た目)や、精神的・身体的にハンデを負っている人」、
一つは「空気読めないとか、そういう2次的に妙に腹の立つ人」、

前者は無為の差別に当たるし、苛める側が全て悪いと思う。
でも後者は本人に原因が無いとは言えない、通常ね、通常。腹の立つものは仕方無い(笑)

でも、そこで苛める行為が許されるかというとソレは全く皆無で。1対1で戦うとか啓発に努めるとかなら兎も角、周りと結託してハブにしてみたり、暴力的言動、暴力的行動なんかはする権利無いと思うのね。まあ、利益追求の仲間として、そいつの能力が余りに低いとか協調性が皆無とか、そういうのだと、俺もしちゃいそうだけど。能力が無いっていうのは前者にも通じるかなぁ…(諦観気味に言えばw)

雇い主でも有るまいし、同じスタンスの雇われ人じゃ権利無いと思う。(雇い主がそいつを苛める事になると、実際に責任も存在する訳だから苛めるにしても相当に覚悟が必要な訳で。<訴訟問題になりかねないしね)


でも学校にしても職場にしても、人が集まると誰かを蔑む空気ってのは割と出てきちゃうわけで、それが苛められる人にとって主観的に耐えられない程エスカレートする事態になるのを避ける為には、やっぱりそれ(苛める行為)をした場合に対する代価の程度でその引き金も重くなったり軽くなったりするんじゃないかと、俺は思うのね。


死刑だって、それに値する程の罪だっていうなら有っても俺は良いと思う。
誰にも殺していい権利は無い、っていう死刑廃止論の人も多いと思うけど、
殺されたくないなら殺さなきゃいいわけで。そういう意味で死刑は有っていい。

後で自分が受け得る代価に納得しての犯罪なら、それは相当に覚悟を決めてるんなら仕方無いのかな、なんてのは暴論中の暴論なのかな。

アメリカ式の、罪を一からげにしないやり方も好きだな、これとこれとこれの罪を足して、禁固300年だよ?って。判りやすいじゃない。いい事した分はマイナスしてやってもいいけど、でも差し引きマイナスならこれだけは閉じ込めるよってね。

あ、これはこれで、どうせ捕まったら刑務所から一生出られないって訳だから、ついでにこれもやっちゃえ、アレもやっちゃえ、って事になり兼ねないか(笑)

困ったもんだなぁ…取りとめも無く今日は終わる。<眠いw

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posted by 加賀 at 04:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2006年03月31日

悲劇を繰り返さない為に

姉歯元建築士の妻の自殺のことを扱ったトピックを読んでいたら、彼女を死に追いやったのは「報道」や「姉歯氏を責めるブログなどだ」等、と書いてあるものが割合多数あった。確かに報道もネットも祭りの様になって、中には姉歯氏のプライバシーを侵すものもあったろうし、ただオモシロ半分に茶化したものもあったろう。

姉歯氏のした事は犯罪である。
しかし姉歯氏の家族には何も関係のない話である。

だからといって、姉歯氏のことを書きたてる事は罪にあたるのだろうか。
地震国である日本で、建築物を建てる際に対地震の数値を弱めるという犯罪を犯したのだ。
その不正が行われて建てられた物に住む予定だった人、実際に住んでいた人、そして其の建物の回りに住んで倒壊に巻き込まれるかもしれない人、ありとあらゆる不利益を蒙る人のことを考えれば、そして尚且つ若し自分が其の立場になった場合を考えた時、その犯罪の将来起こす恐怖は、日本国中の人たちへ甚大な影響を与えた筈だ。

この事実を知って、とても傍観して居られない人が多かったと思う。俺も自分が其の被害者になったらと想像したら怖ろしくて、姉歯元建築士を責める内容のトピックを書いた。

それはいけない事だったのだろうか。

何故今になって、

「報道が悪い」
「ネットも悪い」
「反省しなくちゃ!」
「お前等(自分も含めて)のせいだ」

なんて事を平気で言い出すのだろう?


今更そんな事云うのは間違っている。もっと早い段階で、これじゃいけない、一人の責任だけではないのだから個人を責めるのは間違っている、と何故云えなかったのだ。


じゃあ、姉歯氏の妻が死ななかったら?
彼女はもう死んでしまった。自ら飛び降りて。

確かにきっと、俺の想像以上に彼女にとっては辛い日々だったに違いない。身内が悪事を起こし、それが発覚してからは、それこそ日本中が敵になってしまったように思えたに違いない。近所を歩いても、テレビを見ても、新聞を読んでも、ネットを観ても、きっと針のむしろのように感じていたに違いない。それはとても気の毒だと思う、彼女には何も罪はないのだから。知らず、ある日を境に全てが一辺してしまった不幸は想像以上だろうと思う。

だが、やはり誰かがこう思う、という「発信」に戸を立てることは不可能だ。報道が姉歯氏を追って取材をするのは仕事という事もあるが其処に報道たる情熱があるからだ。多少それは昨今言われているように「やり過ぎ」の部分はあるだろう。しかし、やっぱり報道は紆余曲折しながらも真実を追うのが使命だ。この知る権利を侵すことは危険だ。

誰かのせいにするのは簡単だ。
「皆、悪かったじゃん、反省しよーぜ?」なんてのは簡単だ。
何故潔く、「私は悪かった」、と言うだけに留まれないのか。

その当時何も云わなかった事はただ何も云っていないだけの事で、報道やネットの祭り状態を放置していただけの事だ。そう思っていたとしても、発言しなかった限り、その批判をする資格なんて無い。

悲劇が起きてから、やってしまった自分の不始末(と思える事)に慄いたり、当時そのことを傍観していた癖に、その言い訳をしたり、責めてしまった人達を責めるのは卑怯者のすることだ。外野は黙っておけ。

俺は、ただ彼女の事に関しては酷く気の毒だと思う、それだけ。
そう思った事、そう思ったから書いた事、はもう戻せない。
幾ら悔やんでも彼女はもう生き返っては来ないのだから。
だからこそ、この事実をしっかりと受け止めて今後行動すればいい。
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posted by 加賀 at 00:06 | Comment(1) | TrackBack(2) | まじめなこと。

2006年03月28日

全ては最初の一歩から始まった

因果応報っていう言葉がある。
過去に戻って何もかも無かった事にしたいと思っても、
残酷な結果は自身はおろか其の周りの全てを飲み込んで
地獄の門の奥の闇へと吸い込まれていってしまう。

大きな善事も大きな悪事にもまず最初の一歩があって、まるで昇っている事も判らない程の段差を紆余曲折しながら進んでゆく。余りにも少しづつの変化は「馴れる」という能力のせいで全く意識が出来ない。ふと何となく気になって振り返ると其処には、余りにも前に居た位置と変わっていて、その階段の長さと高さは絶対戻ろうなんて思えない程のもので、取り返しが付かないと気が付いて、愕然とする。

姉歯元建築士の妻が自殺 マンションから飛び降りか
Excite エキサイト : ニュース

28日午前5時50分ごろ、千葉県市川市富浜のマンション駐車場で、会社員男性(44)が自分の車に乗ろうとしたところ、車のサンルーフが壊れ、車内で女性が血を流しているのを見つけ、管理人を通じて119番した。女性は病院に運ばれたが、間もなく死亡した。
 行徳署の調べでは、女性は耐震強度偽装問題で構造計算書を偽造していた姉歯秀次元1級建築士(48)の妻(49)。同署は飛び降り自殺とみている。
 調べでは、妻はマンション最上階の7階廊下から手すりを乗り越えて飛び降り、車の屋根に落ちたとみられる。現場や自宅に遺書はなかった。(共同通信)


生きていく為、愛する存在を護っていく為に、最初に「少しばかりの数値」を机上で操作してしまった姉歯氏の指先はその成した犯罪に震えていたのだろうか。たった数個のキーボードのキーのせいで、彼は一番悲しい形の死を妻に決意させてしまった。

たった数個の白いキーのせいで。


人はただ生きて立っているだけじゃ無い。
昇る階段を選びながら歩いているのだ。
自分の歩いている階段の高さや、
歩いてきた長さを振り返る事は
ここまで自分の足で歩いたのだという自信を養う為に必要な事。

手遅れになる前に冷静に過去と向き合っておけば良かったのに。
残念だ。
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posted by 加賀 at 23:10 | Comment(0) | TrackBack(1) | まじめなこと。

2006年03月02日

悪意のあるイタズラ描きから生まれたもの。

俺の家は真言宗豊山派で、イスラム教ともキリスト教とも縁もゆかりも無い。単にごく普通の檀家、彼岸と盆には祖父や祖母や、もっと以前の命の繋がった祖先に会いに行く程度。それすらサボってたりもする。でも、やっぱり自分が所属する宗派の悪口を言われたらいい気持ちはしないし、密かな怒りだってすると思う。
宗教っていうのは結局ヒトの暮らしからは切り離せない、どこかでは心の拠り所として大事にしているものだと思う。やっぱり、出来るなら俺はあの墓に入りたいし。

イスラム教もキリスト教も其々、別に詳しくは無い。その土地土地で生まれて気候風土や民族性に添って出来上がっていったものだと思ってる。そういう生活に密着した「考え方」、それが其々の宗教観だと思ってる。

デンマークの新聞が載せた預言者ムハンマドをからかった挿絵漫画に怒り狂ったイスラム教徒の人達。当たり前だ。偶像を禁じているものを只描くだけではなく、茶化して、からかって描いているんだから、そりゃ怒るのは当たり前だ。

何故こんな事をしたんだろうか、デンマークの新聞社は。
その後掲載したマスメディアは、一社に限らない。
イスラム圏ではデモも起こり、死人も出ている。

俺の偏見かもしれないが、キリスト教圏の人達にありがちだなあと思う一つの点は、自分こそが一番正しいと思い込める事だと思う。自分達が正しいのだから、他の考え方は正しくない。そんな馬鹿げた妄想を鵜呑みに信じ切れている様に思える。

イスラムの考え方の何が嫌いでこんな事をしたのか、教えて欲しい。
アルカイダをはじめとする急進テロリストや過激と知られている組織が政権を握る事に対する抗議としてしたのかもしれないが、イスラムの人達の全部がテロリストなのではなくて、たまたま問題を起こしているテロリストがイスラム教徒なだけなのだ。宗教には国境が無い、信じる教義が一緒なら怒りも全て一緒のはずだ。

若しコレが、イスラム教からキリスト教に向けられたものだったらどういう結果が生まれるのだろう。十字軍を始め、今まで繰り返されてきたキリスト教と他の教義の戦いを考えると、他者を踏みにじるトリガーを先に引いてきたのは殆どがキリスト教の方なんじゃないか、と思う俺は考えすぎだろうか。

近頃、ネットでもリアルでも引き金が軽い人が増えている。
頬を打たれれば、即時に叩いた相手の腹を刺す、様な。

イスラムの世界でも、一番最初に新聞に風刺漫画を乗せた記者だったか、書いた漫画家だったかに懸賞金をかける様なことを決めたという。

旧約聖書とにある言葉。
目には目を、歯には歯を。
一つの罪には同じ重さの罪で返す。
その歴史を繰り返してきて人間は何を得たというんだろう。
人口が減る、程度だ、喜ぶのは武器商人と地球位。
そして焼け野原の真ん中で
後悔の泪を流しながらまた生活は徐々に戻っていくんじゃないか。


新約聖書にある言葉。
左の頬を打たれたら、右の頬を差し出せ。
打たれて尚、相手の短絡さ・幼稚さ・興奮性・凶暴性を飲む勢いで
真剣に、真摯に、右の頬を差し出せ。
打ち合っているだけでは憎悪が増幅していくだけ。
猛る獣同士のように争ってはいけない。
目を見て、冷静に話をして、判り合わなければ戦いは永遠に終らない。
言葉を持つ人間に生まれ付いて
一つの星の表面に生まれて生きているのだから。
大切な心のテリトリーをお互いに荒らさないように生きていかなくては
この地球はとてつもなく狭い。



それとも、人間は結局、
無意味に戦う事が大好きなんだろうか。
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posted by 加賀 at 01:59 | Comment(1) | TrackBack(1) | まじめなこと。

2006年02月01日

女帝の件は兎も角さ?天皇家だけが宮家っていうその狭さを何とかすべきだよね。

皇位継承 旧宮家復帰、強く支持 寛仁さま、女帝の問題点ご指摘
Yahoo!ニュース - 産経新聞


女性天皇と女系による皇位継承を容認した有識者会議の報告書に基づき、政府が皇室典範改正案の今国会提出を目指している問題で、寛仁(ともひと)親王殿下は産経新聞社の単独インタビューに応じ、女系容認に改めて反対するとともに、女系の前段階である女性天皇即位の問題点を指摘された。その上で、男系男子維持のため旧宮家を皇籍復帰させる案について「声を大にして言っておきたい」と強く支持された。


そうそう、そうなんだよ、天皇家だけが宮家じゃないだろって思ってた。
今の天皇家には確かに女しか子供居ないけど、ほかには居るんじゃん。一族単位で考えりゃ今の制度(男子継承)が損なわれる事は無いんじゃんな?継承権だって、皇太子の次は弟でいいしさ。
別に女性天皇だろうが女系天皇だろうが俺は構わないと思うけど、今まで培ってきた歴史みたいなもんを鑑みたら、折角守ってきたものなんだから壊すのは忍びないと思うわけ。古くからそうしてきた、って事はそれだけで価値があると思うよ。
そうしたら、雅子様みたいにさ、悩んでココロの病気になる女性もいなくなるしさ、もし将来種無しな皇太子なんて出てきたら泣くに泣けないじゃんな(笑)

天皇一家なんて只でさえ心労の多い事が多いんだろうから、それを継げる人の範囲は広い方がいいし、血の純潔さなんてもう長い歴史の中で失われているんだから形だけの事に拘るなら全然問題ないじゃん。
そもそも他所に嫁いだら宮家じゃないなんてあの制度も変だよな、女だけそんな差別されるのも可笑しいじゃん、このご時世。そういうところをよくしていくのは全く賛成。あり、あり、大有り。
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2005年11月27日

姉歯事件:未だにTBが来るンですが。

毎日数件、トラックバックを頂く唯一書いたの姉歯一級建築士の起こしたといわれる事件を書いた記事ですが。

事件発覚から有るわ有るわと色々噴き出してきています。民間の検査機関はおろか、公的な検査段階からも計算偽造の物件が出てきました。俺は、基本的に公務員しか経験の無い公務員はド素人だと思っているので、やっぱりなって所で、民間が不正を見抜けないのは正直ショックでした。建築業界の上から下への圧力なんて、どこの業界でもそうなようにありふれた事だと思います。勿論皆さん、それで銭稼いでお飯を頂かなくちゃいけませんから、多少の無理をしても上(金の出所)の意思を組もうというのは此れは正当な企業努力な訳で。

ただ!
住む、という事は人間が生活をしていく基盤として安全で無くてはいけないモノです。食う、寝る、は誰でもしなくちゃ生きていけない。丸ごとの体をあずける食う事、寝る事、は万分の1程の危険が有ってはいけない、その危険に怯えながら暮らしていくという事は、縄文時代の狩る側、狩られる側のせめぎ合いの中に身をおくようなモノです。こんなの文明人とは云えない。

その人間に不可欠な住む事を担う建設業界は、いわば人間の根本を支配する業界な訳です。もし、自分が同じような欠陥住宅に住む羽目になったらどうなんでしょう。きっと奮起して、その欠陥住宅を建てた建設会社、設計会社、販売会社諸共責めるでしょう。正当な権利です。生きていくための正当な権利の行使です。
ならば、今受けている批判や抗議は正当な自分らへの行為だと素直に頭を下げ、売ったやつも作ったやつもその手助けをしたやつも、ソコに金を貸したヤツも、皆で連帯責任だ。

いい考えでしょ?
そうやって業界のチームワーク、他人を迷惑を掛けたくない思う気持ちが育つ。
我ながら暴論だけどいい考え。

自分等がどういうモノを作って売ってるのか、よーく思い出して欲しい。

見苦しい擦り合いするくらいなら、連帯責任ッ!
勿論得た報酬に比例してね?


公的機関のミスはどうやって責任取るのかな。
やっぱクビかな、高給取りの。
凄く良いコストカットになるじゃない♪
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posted by 加賀 at 22:13 | Comment(0) | TrackBack(1) | まじめなこと。

2005年11月18日

不正:揺れる、壊れる、死ぬ。その時に呪いの言葉を向けられるのは誰だ。

「耐震性」偽造か 14棟、震度5強で倒壊の恐れ
Yahoo!ニュース - 産経新聞 -


また馬鹿な男が現れました。
加賀さん的には食いつかずにいられません。


「耐震性」偽造か 14棟、震度5強で倒壊の恐れ

 首都圏に建設されたマンション二十棟とホテル一棟について、建築物の安全を保つための「構造計算」を担当した千葉県の一級建築士(48)が、計算書を偽造していた疑いが強いことが、十七日分かった。うち十四棟は完成済みで、震度5強の地震で倒壊する恐れがあるなど耐震性に問題が生じており、所在地の各自治体が居住者らへの連絡を始めた。国土交通省などは建築基準法違反の疑いで、この建築士や、チェックを怠った複数の設計者らを警視庁に刑事告発する方針。
 問題の建築士は「姉歯建築設計事務所」(千葉県市川市)の一級建築士。下請けなどで建物の構造計算を行ったが、耐震に関するプログラムを意図的に変更し、強度などが低くなるよう設定したとされる。
 同事務所は建築士個人で運営。千葉県の立ち入り調査にホテル以外のマンションについて計算書偽造を認め、「コスト削減のプレッシャーがあった」などと話しているという。
 ほかにもマンション一棟について偽造の疑いがあるほか、別の建築物約九十棟についても構造計算にかかわっており、国交省で調べている。
 今回、偽造の疑いが判明した建築物は東京都内十一棟(ホテル含む)、千葉県内六棟、神奈川県内四棟。マンション四棟が工事中、三棟が未着工。建築済みの十四棟のうち、千葉県船橋市湊町の湊町中央ビルと、川崎市のマンションの計二棟は、いずれも建築基準の三割から七割程度の強度しかなく、震度5強の地震で倒壊する可能性が確認された。



コスト削減のプレッシャーに負けたとインタビュアーに答えているビデオがテレビで報道されている。
が。その弱い心が引き起こした結果がどれだけの人に不安と恐怖と怒りを与えるか、その後始末にどれだけの時間と費用がかかるのか、きっと建築士としてのプライドも何もない一級建築士には想像も出来ないのだろう。
すでに建てられてしまった11棟の中のひとつのビジネスホテルは、新築であるにも関わらずその営業を停めてしまったという。建物が欠陥であることを考えれば妥当であり、ホテル経営の立場としてまことに正しい措置であると思う。その補償はどこに行くのだろう。

建物を建てる際には確かに経費を削減する為に削るところは削らなくてはならない時もあるだろう。だが、安全第一で然るべき建築物の構造そのものの「手抜き」をしてコスト削減したのでは本末転倒だ。
この姉歯一級建築士が計算した構造計算書だが、そもそもまず設計の段階で誰か他の人間が作った図面があるわけで。設計者そのものの罪、それを認めて後押ししまった姉歯一級建築士、そしてその後それを建てた実際の施工者、誰も気づかなかったのか?

バラエティ番組やワイドショー番組などで散々に放送されている欠陥住宅もそうだ。
無駄で過度なリフォームを施工する詐欺集団もそうだ。
建築業界はモラルが低すぎる。

一把一絡に業界を詰っては正しい営業をしている会社に迷惑だからフォローしよう。
まず第一に欠陥や手違いを生むひとつの原因としてメーカーが下請けにアウトソーシングする時の要求も無茶な言い分が多いらしい。建築の知識がない営業担当者が客の要求を簡単に受け入れて、突然の変更や材料費よりもさらに安価に施工代金を値切ってきたり。メーカーは営業部の姿勢をもっと正さなくてはならない。現場の苦労や痛みを理解し、建築に関する知識の向上、出来ること出来ないことの意思疎通も果たさなくてはならない。今の時代、売れれば、売ってしまえば後は関係ない、と切り捨てることは出来ない。その様に無責任な営業の後に噴き出したクレームや不始末は、その営業部社員本人にきちんと説明をさせ責任を取らせる事もそういう事が出来るように教育する事も両方必要であると思う。ただでさえ会社の責任を問われる事が事実になった後のことなのだから、そのあたりの社員の管理はやって然るべき、でなければ会社の資質が問われても仕方が無い。モノをつくり、モノを売って、その利益で飯を食うということはそれだけ覚悟がいる事ではないか、本来。

あと、その建物を注文している主の無茶な要求も多いという。
金を出すのは自分だから何をしても構わない、ということはまかり通らない。


ブッシュ大統領が先の6ヵ国協議でした演説の中で、「FREEDOM(自由)」という言葉を連発していた。
個人にしても団体にしても「自由」は自己責任の上に存在する。ただ傍若無人に自由を満喫したいのならばどこかの無人島でやってくれ。
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posted by 加賀 at 15:08 | Comment(7) | TrackBack(38) | まじめなこと。

タミフル:大いなる大家さんの吹く笛の音

日本でタミフル・用の子ども贈2人損亡 米FDA報告
asahi.com:


 インフルエンザ治療薬オセルタミビル(商品名タミフル)を服用した日本人の子どもに12人の死亡例があるとして、米食品医薬品局(FDA)は18日に開かれる「小児科助言委員会」に、これらの症例を報告する。FDAはすでに製造元のスイス製薬大手ロシュと、日本の厚生労働省からの報告を受けており、これらをもとに助言委員会でタミフル服用との因果関係を検討する。

 FDAは他の7種の小児薬と並んで、タミフルについて副作用が疑われる各国の小児の症例を、昨年3月〜今年4月の13カ月間にわたり集めた。

 それによると、現時点で12の死亡例があり、いずれも日本での症例だった。内訳は、突然死が4人、心肺停止が4人、意識障害、肺炎、窒息、急性膵炎(すい・えん)による心肺停止が各1人。

 ただ、FDAは「そのうち多くの症例は、他の薬を使っているなどタミフル以外の医学的状況があったり、詳細が不明だったりするため、タミフルとの因果関係を現時点で判断するのは難しい」としている。

 また、異常行動や幻覚など、神経や精神の異常を示した症例が32件あり、このうちの31件は日本での症例だった。アレルギーのような皮膚の超過敏反応も12件中11件が日本での症例だったという。

 日本のタミフル使用量は、世界の7割程度を占めている。





ここ最近、このタミフルを服用して奇行の後に死んでしまった子供のニュースを2件ばかり知った。鳥インフルエンザにも効果が見られるというタミフル、今年のインフルエンザ対策も有りで世界中でこの薬の備蓄が多んでいるという。他の薬は無いのか、と問えば、他のものは遅行・であったり効果があるインフルエンザの「型」が限定されていたりで特効薬という観点からはタミフル以上のものが今のところ無いらしい。
ロシュ社が発行しているタミフル錠の取り扱い説明書には確かに、発売後のあとづけ(2005年2月に後付されたもの)ではあるけれど幻続などの症状が出る、と書いてある。でも医師がタミフルを処方する時にその可能・を患者、子供の場合はその保護者に伝えなければ、ただインフルエンザに効果があるというだけで終わってしまう。


インフルエンザ薬:タミフルで異常行動死 少年2人
MSN毎日インタラクティブ


症状が出て損んでしまったある子供は、踊りながら、正に本当に踊りながら家宅を出て、傍のガードレールを越えてその隣を走る国道に飛び込んで轢かれて死んでしまった。
インフルエンザは高熱を発する病気だから脳炎という可能性も残るのだが、それにしてもタミフル・用後の奇行が目立ち過ぎていると思える。

今回このニュースを見て、造いにグリム童話の「ハーメルンの笛吹き」を思い浮かべてしまった。謎の笛吹きの企みで、子供たちは踊って踊って踊り狂って族処か遠いところに行ってしまう。

子供の頃から散臓に毒の混じった空気や食べものを取り入れてきた世代(俺みたいなw)はそうそう長くは生きられそうもない。あ、今の子供その又下の世代だからゴキブリと同じ様に強い薬じゃないと効かなくなってるのかな、きっと耐性が強くなってるよ。逆に清潔にし過造てチャチな黴菌にも勝てなくなってるのかな。

新しい強力な伝染病が出てきたり、強力な独裁者や執拗な宗教的戦争・内戦が起きる度に、若しかしたら地球自身が自浄しようとしてるんじゃないか、とか考えてしまうんだけどそれは考え過ぎだろうか。地球にとって、人間はねずみに過造ないんじゃないか、とか。

宿主・地球にとっての都合の良いやり方を思い出さないと、散々嫌がらせをされて、ポイと追い出されそうだ。
ご機嫌をとるばかりではもう誤魔化せそうもないよ(笑)

タミフル Tamiflu
Chem-Station Study

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どうしたんだ、しーさー!(汗
posted by 加賀 at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2005年11月03日

タリウム母親殺人未遂事件

あんまり悲しくて重い辛い事件なので俺のトコではもう目を瞑ってスルーしちゃおうかと思ったんだけど、少し調べてみたら本人の日記の写しを見ることが出来た。

こちらのブログで見られます。→さるさる日記 - きっこの日記

罪を犯してしまった少女の日記は途中から本来の少女の一人称が少年のそれに変わっていく。少女自身を自ら埋没させて自分の考えていることを誤魔化そうとしているのか、それとも自分が恐ろしくて堪らなくて逃げてしまっているのか。どっちにしても彼女は彼女でない何かを自分の中に作って、淡々とマニアックな生活を続けていく。

きっと彼女は彼女自身が好きだったんだろうと思う、でも理解されない内側の自分がいて、それに怯えながらも認めて欲しい欲求があったんだと思う。怯える自分を判って欲しい気持ちが愛情や同情や純粋な興味が欲しくてどうしたらいいのか、悩んでいたんだと。

思春期の頃の少年少女は常に何故か淋しくて、集団の中で安穏としたい=皆と合わせて気に入っていてもらい欲求が強いように思う。でも周りの皆と自分の「本当」にギャップを感じる事もある、ま、それが当たり前の反応なんだと思うけど。でもそれを表に出してしまったら一挙に奈落の底に落ちかねない=生活の破綻だ、なんて事を本気で思っていたりするんじゃないだろうか。

彼女が激しく心揺さぶられた書籍がある。
グレアム・ヤング 毒殺日記
映画化までされた酷い事件を起こした男の日記。その男は継母を殺し、父を殺しかけた。

俺っていう人間は云わば一つの箱の中に俺特有だったりそうじゃなかったりするものが混ざり合って入っていて、それで日常生活を送っている。みんな一つ一つ、箱に入っている。箱の見てくれは美醜色々だけど、そんなに変わらない。でも箱の中身は判らない。本人にすら判らないことのほうが多いと思う。

この事件を起こした彼女は自分の箱の中で生まれた、薬物とその作用への興味と、自分への周りの視線の動向を気にする不安が、ぽつんと生まれたその時、きっと怯えが始まったんだろうと思う。その求める気持ちが小動物に向かい、最終的にもっとも身近な母へと向かったんだろう。手に入ってしまった危険な薬物を試してみたい、周りの人に注目されたり、同情されたい…そんな欲求が疾ってしまった。

その事件を推測する記事を色々読んでいたら、「ミュンヒハウゼン症候群」を思い出してしまった。さるさる日記のきっこさんが記事の末尾でも言っていたけれど、母の具合が悪くなった当初はこの彼女自身は(←きっこさんでなく犯人の)母が死にそうなかわいそうな娘、だったんだと思う。でも余りにその具合が重くなっていってしまった過程で父や周りの人達の意識が母に集まりすぎてしまった後、自分でも自殺を図ってしまったんではないか?自分のした事が恐ろしいとか、罪が露見するのが怖いとかで自殺を図るのなら、彼女の知識が完全な死を呼ぶ致死量を報せてくれる、其の侭それを飲めばいいはずだ。

良くいるじゃない、自分の病歴を自慢したり、いかに自分が具合が悪いのか体で報せようとしてくる人。怪我や包帯姿に惹かれて自傷する人。そんなことで興味引いてどうするの。いい加減にしておきなよ?甘えるのも大概にしろ、な人。



キミを心配してくれるのはキミを愛している人とキミを利用しようとしている人、
それしか居ないよ。


愛してもらえてるといいね。
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さるさる日記 - きっこの日記


こころの健康〜精神科シリーズ「ミュンヒハウゼン症候群」


F.E.R.C Research Data - 2003/06/29
posted by 加賀 at 15:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2005年11月02日

初めて見た。火垂るの墓。

話は知ってたんだけど。
でも見たことが無かった。


きっと耐えられないと思った。
でも見てみたら少し涙ぐんだだけだった。



戦いは日々、ドコにでもある。
今も昔も。
戦地のど真ん中でも、平和な世の中でも。
でも子供や体の不自由な人が痛い目を見てしまうのはドコも同じだ。


あの「おばさん」も戦いの中で、「生きていく」為の戦いの中で、
鬼に為らざるを得なかっただけで。



腹は減る。
何もしていなくても。
腹は減る。



今もきっと、小さな箱の中で一人戦っている子供がいる。
今ならまだ間に合う。
「まだ」日本は戦争をしていないから。
大人が、まだ、あの「おばさん」だらけになっている筈はないから。
大人が、余裕を無くしてしまう前に。
一歩踏み出して、一言、声を張り上げれば。



日本は平和だ。
何も食べるものが無くて途方にくれているシーンの直後、
目に飛び込んできたのは
セブンイレブンのチェーンの、食事材料の宅配サービスのCMだった。
15秒間の間に、料理が次々に映し出される。



たまごのおかゆのほうがおいしそうだった。
この気持ち、忘れないようにしよう。

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終戦六十年スペシャルドラマ「火垂るの墓 ― ほたるのはか ―」
http://www.ntv.co.jp/hotaru/


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posted by 加賀 at 00:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2005年10月24日

3つの罪:末次さんと出版社と(板住人+不特定多数のブロガー)

此処のところ、末次由紀さんの記事へのアクセスが一番多いことがずっと続いています。


今でも描写盗用についてはあってはならないと思っているのは変わりません、竹熊健太郎さんがブログに書いている様にソレが慣例になっていたとしてもそれをソウイウコトダカラと認めてしまったらイカンと思うのです。自分の本を出版してくれる人、その漫画を作る事を手伝ってくれる人、雑誌/コミックを買ってくれる人、その雑誌/コミックを流通してくれる人、売ってくれる人、運んでくれる人、…諸々、「モノを作って、モノを売って、それで稼いだ金でメシを食う事を生業に」している限り、関係する全てを裏切る事になると思うんです。


参考にして消化して、更に新たなものにしていくのがプロだと思うんです。
そしてソレを認めて貰えなければそれはもうただの「盗み」でしか無いと思うんです。
こんなの誰でもやってる=正しいこと、では無いと思うんです。


とはいえ、正直言うと講談社の処分は驚きました。
その描写盗用がされたコミックだけを処分、でも十分だったかもしれないな、と。
検証サイトを見ると盗用箇所は複数あります、複数盗用をしたと作家も認めたんだと思います。だからこその潔い身の引き方、一切を失う事で罪を償うということをしたんだと、講談社は一つの情報発信者としうスタンスでの潔癖さを見せたんだと思います。

が、末次さんの作品の「ストーリー」とは完全なオリジナルです。
そのストーリーに共感しているファンも大勢居ます。

実際、今回の処分に痛みを感じて嘆いているファンの方のブログも多く拝見しました。末次さんのストーリーをファンの人達から全て奪う権利は、汚れていないシロの部分すらも、そして新たにそのストーリーに触れ合うかもしれなかった人達がそれを知る権利をも根こそぎ奪う権利は、もしかしたら講談社には無いかもしれない、とふと振り返ると痛感します。(書店に勤める者として言わせて貰えば、売れるシロい品物をも奪われた事にもなっていると思います。)


ちゃねらー達が末次さんへの思いを「祭り」に変えた事はは多分、彼女が「バレないと思ってした、匿名の自己弁護」が火をつけたのだと思います。(その記事発信者とご本人のIPが同じだった事でバレてしまったらしいのですが。)


匿名での発言はズルイ、と2ちゃんねるがよく叩かれたりしていますが、実は匿名なのは仮面だけでイツ・ドコカラははっきりと調べれば判る事なのです。いわば、彼女は大勢の人が集まる大広場のど真ん中で仮面をかぶっただけの状態で、イツ・ドコカラが共通する特殊な場所で、彼女のファンを装って頭隠して尻隠さずの状態で大声で自己弁護を言い放ってしまったわけです。


ネットは万能ではありません、罪は罪なのです。
恥の上に更に恥を上塗りしてしまったのは末次さんなのです。
潔い態度で自分のしたことを見つめて、ひたすらに慎むべきだった。
まず自身を厳しく戒めて、その後に自身の考えを自分自身の言葉で、
自信を持って自分の気持ちをきちんと発信するべきだった。

でももう炎上してしまった噂の疾走は誰にも止められません。


俺自身もネットを利用し始めた当初は、ネットというものがここまで世間一般の世界と表裏一体、いや、世間よりも厳しい世界で、強く自分自身というものを保たなくてはいけない世界だということは判らないでいました。声という音で発信された言葉は録音でもしなければ其処に見えもしなければ残りもしない、あっという間に掻き消えて云っていないといえば通ります。多少無理があってもとぼけてしまえば証拠は残りません。ですが、ネットの文字で発信された言葉は消えないのですごまかしは効かないのです


受信側がその「文字の言葉」を読んでどうとるかは発信側には支配することは出来ません、表情や仕草のような語感を和らげてくれるフィルターはありません。通常の会話なら出来るフォローは一切出来ない、特に気をつけてしなければ感情も一緒に伝えることは出来ません。剥き出しの「言葉」そのものです


だからこそ、ネット上で語ることは細心の注意が必要だと思います。ネット上で誤解が誤解を呼んで、どんどん違うものになっていく事は、リアル社会の噂の広がり以上に苛烈です。全てに証拠が残る限り、何も言い訳出来ないのです。


末次さんは盗んだ事と知らなかった事が罪、
講談社は焦る余りに罪と罰のバランスを計り損ねた事が罪、
そして2ちゃんねるを始めとする板住人・不特定多数のブロガー達は、
浮かれた「他人の失敗を面白がる」醜い好奇心でもって末次さんを追い詰めてしまった寛容の無さが罪。
しかし、それは全て、己を省みて襟を正せば罪を償う事はきっと可能だと俺は思います。


もしまた、末次さんが自分のストーリーを語る機会を得ることがあるならば、
彼女がその事を語ることが出来るようになるならば、その時は温かく迎えなければいけないと思います。


今回は、俺も俺自身に言い聞かせるようにしてこの記事を書きました。
ネットの大広場で語った言葉はドコの誰が読んで、それがドウ思われたとしても、発信者は自分の思ったとおりに「読んだ人の心まではコントロールできないこと」を忘れない様にしたいと思います。


誰にも知られたく無いのなら、こっそりと。
地面に穴を掘って、其処へ首を突っ込んで。こっそりと。
ソレが一番いい方法です。
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《参考文献》
たけくまメモ: マンガ家の描写盗用問題についての私見
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_9358.html
posted by 加賀 at 00:21 | Comment(2) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2005年10月19日

緊急:今テレビ見てたら。<友輝君を救おう。

友輝くんを救う会
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千葉県茂原(もばら)市在住の今井友輝(いまいゆうき)くん(6歳)は、心臓が拡張し機能が低下して心不全となり死に至る「拡張型心筋症」という原因不明の難病を患い,現在、心臓移植のための準備中です。


口座名義: 友輝くんを救う会
      ユウキクンヲスクウカイ

          モバラシテン
千葉銀行      茂原支店 店番号248 普通3759282

中央労働金庫    茂原支店 店番号266 普通5616716

千葉興業銀行    茂原支店 店番号710 普通1014001

房総信用組合    本納支店 店番号122 普通2106903

りそな銀行     茂原支店 店番号540 普通1313889

京葉銀行      茂原支店 店番号571 普通7679031

長生農業協同組合  茂原支所 店番号4916-025 普通0004313

郵便局       郵便口座 10570-77907041



あと、200万くらいらしい!微力ながら俺も寄付するぞ!頑張れ!


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TBS | 「バース・デイ」
http://www.tbs.co.jp/program/birthday.html


posted by 加賀 at 00:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | まじめなこと。

2005年10月05日

東トルキスタンの人々に平和と自由を

東トルキスタンの人々に平和と自由を
http://www.geocities.jp/saveeastturk/index.html


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まずはコレをご覧下さい。
http://www.geocities.jp/saveeastturk/0908.swf

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【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)で知りました。

人が人の生きる権利を奪ってはいけません。

戦争中日本軍が中国でしたかもしれない事を60年過ぎて尚、まだ中国の人の心の中の傷になっているならば、また別の人たちに己が抱えている傷と同じ傷をつけるのは変じゃないでしょうか。このサイトにある写真の風景、人々、とても美しいと思いました。同じように美しいと感じた方、是非協力していきましょう。勿論俺も微力でもこの問題を世界に広げるお手伝いをしたいと思っています。

国は人の為に在りますが、人は国の為に在るのではありません。
断固、東トルキスタンにおける中国共産党の政策に抗議します。


とはいえ、俺はまだ東トルキスタンの事をあまりにも知らない。
血を流し涙を流す人が現実にそこにいる限り、知らない事は罪になる。

これからいろいろなサイトや本などを読んで勉強しなくては。


真silkroad?
http://kok2.no-blog.jp/tengri/

UIGHUR, UYGUR, UIGUR, UIGHUIR, UIGUIR, WEIWUER
http://www.uygur.org/japan/news.htm

独立運動における戦争の問題もあるみたいだし。


東トルキスタンに住む、戦争を望まないのに巻き混まざれるを得ない人達のために何か出来ることを自分なりに探っていきたい。

もう血を流し、涙を飲む人が居なくなるまで。


posted by 加賀 at 23:02 | Comment(1) | TrackBack(1) | まじめなこと。
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